アクアコミュニケーターの知恵
水が生んだ文化のはなし | Story of culture water gave birth
名水で客をもてなした茶人
茶道の先生に「名水点(めいすいだて)」に招待してもらった。
先生が言うには、
「茶のおいしさは、水のおいしさに左右される」
のだそう。
だから昔から、茶人の水への思い入れは半端ではなかった。
かつてはうまい湧水、名高い井戸水を求め、旅する茶人もいたという。
江戸後期の茶人、龍渓宗匠もその一人。
日本中を歩き、名水といわれるものを試していたが、「これ」というものに出合わない。
ところがある日、天竜川の水で茶を点てると、いままでに味わったことのない不思議な「あまさ」を感じたという。
「上流によい水の湧き出すところがある」
宗匠はそう思い、水探しをはじめた。
船頭を雇い、川を上りながら、ところどころで水を汲んで茶を点てる。
支流が流れ込む場所では、どちらから目当ての水が流れてくるのかわからなくなってしまうので、下流へ戻ったり、上流へ行ったり、深いところを流れる水を汲んだりして、目当ての水のわきだす場所を探した。
だが、流れは急だし、雨の日も風の日もあるという難儀な旅だ。
時を経るうちに、供のなかには
「いいかげんもう帰りたい」
というものも現れた。
それでも茶人の意思は固く、周囲を励ましながら川を辿っていった。
現在の静岡県から始まった水探しの旅は、長野県に入り、やがて天竜峡も過ぎた。
ある日のこと、いつものように川の水をすくってのむと、天竜川に松川が流れ込む付近で、茶人の舌は、あまみをはっきりととらえた。
あまい水は、天竜川の左岸のほとりを流れている。
松川に入って水を飲むと、あまみはさらに際立った。
念のため、天竜川上流の水を飲んでみると、目当ての味は感じられない。
茶人は、目当ての水が松川上流にあると確信した。
船を捨て、松川岸を上流に向かって歩きながら、ときどき水を口に含んだ。
しばらくすると、さらさらと流れ落ちる小さな谷川に出合った。
谷川は松川に注いでいた。
その水はまさにあの味がした。
谷川をさらに遡ると、岩間からちょろちょろと湧き出す水を見つけた。
ついに茶人は、あまい水の源泉にたどり着いたのだ。
茶人は水を汲み、茶を点て、苦労をともにした仲間たちと心から楽しんだという。
昔から茶人は、名水が手に入ると「名水点」を行なった。
僕のまえに置かれた水指には注連縄が張ってある。
ふだん使う井戸や近くの川の水ではなく、名水を使うときは、水指に注連縄を張って客を迎えるのだそうだ。
そんなとき客は、もてなしへの返礼として、茶を点ててもらう前に、まず水そのものを所望し味わう。
茶人は、よい水を求めて足を運び、うまい水で点てた茶で客人をもてなし、客も心よりその労をねぎらい、最高のごちそうに感謝した。
茶道の先生と水談義をするうちに、自分も名水でお客をもてなしたいと思うようになった。
電車を乗り継ぎ、山を歩いてお気に入りの湧水をくみ、リュックに入れてもちかえる。
茶の心得のない自分には名水点はできないが、ウイスキーの名水割を片手に友だちと語らうことはできそうだ。
月に1度くらい、そんな時間を過ごしてみたいと思っている。