週刊「水」ニュース・レポート    2016年2月10日号

 

 

 

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大阪市の吉村市長は、全国初となる水道事業の民営化条例案を、来週2月16日(火)開会の市議会に提出する方針を固めました。

今日は、水道民営化について考えていこうと思います。

計画では、浄水施設などの設備は、引き続き大阪市が保有しますが、取水から給水までの水道事業は、市が100%出資する新会社が行います。

もう少し具体的に言えば、3か所の浄水場、10か所の配水池の土地・建物、市内に張り巡らされている配水管(総延長約5000キロ)などは市が保有し、30年間の事業運営権は新会社に売却する予定です。

実施された場合、自治体全域の水道事業運営の民営化は全国初となります。

では、なぜ公営水道を民営化するのでしょうか。

橋下前市長は当時会見で「市民負担を抑制するには民営化しかない」とコメントし、民営化に伴って「水道料金値下げ」を実現するよう水道局に求めました。橋下案では、事業を民間に委ねることで財政負担が減ります。新会社は市が培ってきた技術力を生かして国内外の水ビジネスに参入し、収益アップが可能になります。この2点によって水道料金の値下げが可能になるというのです。

水道料金が下がるのは市民にとって好ましいことですが、実際はどうでしょうか。

焦点となるのは水道の公共性が維持できるかどうかです。水道が民営化されることによって何が起きるのか考えてみましょう。

日本では公営が当たり前の水道事業ですが、世界的に見ると民間が主体となるケースがあります。民営水道の給水人口は、世界全体で9億人になりました。

この分野をリードしているのは欧州企業で、なかでもヴェオリア・エンバイロメント社とGDFスエズ社が二大巨頭とされています。

ともにフランス企業ですが偶然ではありません。フランスは自治体の規模が小さく、人口6500万人に対し、自治体数は3万7000あります。うち9割の自治体の人口は2000人足らずです。そのため自治体は、都市交通、廃棄物の収集や処理、上下水道などの行政サービスを独自に行うことができず、民間企業に任せてきました。

シラク元大統領はパリ市長時代に、市内をセーヌ川で二分し、片方の水道事業をヴェオリアに、もう片方をスエズに任せました。その結果、両者は水道事業のノウハウを蓄積することができました。

転機が訪れたのは1980年代です。フランスの国内上下水道市場が飽和しました。水道事業は都市の黎明期、成長期には、給水人口が増えていくので高収益を上げます。

しかし都市が成熟期に入ると収益が上げにくくなり、増強した設備を支えていくのがむずかしくなります。そこで大統領のトップ外交によって海外進出を図りました。ヴェオリア、スエズは先行者の利を活かし、世界の民営化された水道事業のほとんどを握り、「水メジャー」「ウォーターバロン(水男爵)」などと呼ばれました。

活況する水ビジネスに対し「生命にかかわる水を商売にしてはならない」という反対意見があります。

世界各地の市民団体は「膨大な資金力を持つ企業が世界中の水を支配下に置こうとしている」「水という自然資源を特定企業の利益のために独占している」と批判します。同時に国連に対し「水は人間が生存するために必要不可欠な共有財産である」と訴え、水ビジネスや水の売買を禁止する国際条約をつくるよう働きかけています。

ウォーターバロンのやり方で問題視されたのは「フルコスト・プライシング」と言って、水道事業にかかった費用の全額を地域の受益者から取り戻すというやり方です。

水道事業に費用がかかれば、水道料金はどんどん上がります。富裕層には問題ありませんが、貧困層は安全な水にアクセスできなくなります。極論を言えば、金持ちしか使えない水道になる可能性があります。

また、投資に見合ったリターンがなければ、クールに撤退してしまうケースもありました。費用対効果を考えるのは企業として当然と思うかもしれませんが、それが公共性の高い水道事業で行われたことが問題です。

1993年、アルゼンチン政府は、世界銀行、IMF、アメリカ政府からの強い要請を受け、ブエノスアイレスの水道公社を民営化しました。80年代に経済危機に苦しんだ南米諸国は、90年代にアメリカ政府やIMFが求める構造改革に取り組みました。「小さな政府」を合言葉に、歳出を削減し、国家資産のほとんどを売却し、外国企業の参入を認めて競争を促進しました。

民営化は5000%近いインフレを引き起こした経済危機からアルゼンチンを脱却させる唯一の方法と考えられました。

水道公社売却もこの政策の一つで、政府はヴェオリア、スエズの合弁会社と30年間の契約を結びました。

合弁会社は、水道料金の値下げと上下水道サービスの改善・拡大を約束しました。たしかに民営化直後に水道料金は下がりました。

ですがこれにはカラクリがありました。

民営化直前に水道料金を上げ、直後に下げるという料金操作を行い、値下げの事実を獲得したのです。サービス改善の約束は簡単に反古にされました。契約から1年もたたないうちに、経営悪化を理由に改善は中止になり、再び水道料金は上がり、支払えない人は供給停止されました。これにブエノスアイレス市民の怒りが爆発しました。

1996年、郊外のロマス・デ・サモラではじまった抗議行動は、またたく間にブエノスアイレスにまで拡大しました。

2006年、アルゼンチン政府は民間企業に譲った水道事業の権利を取り消すと発表しました。キルチネル大統領は「水が国民の手に戻った。再び社会の財産になった」と強調しました。現在、水道事業は公営に戻っています。

南米ボリビアのコチャバンバ市では、1999年の世界銀行の勧告により、水道事業が民営化されました。

その結果、水道料金が何倍にも値上がりし、最低月給が100ドル以下なのに、水道代が20ドルにもがりました。市民はストライキをはじめとする大抗議行動を行い、街の機能は停止。結局水道事業は公営に戻りました。

IMFや世界銀行が貧しい債務国に対し、融資の条件として水道事業を含む公共セクターを民間に売却するよう指導し、ウォーターバロンがその受け皿になるという図式は世界のあちこちで見られました。

水道事業民営化後に事前の契約内容が保古にされ、水道料金が上がったり、サービスの質が低下したり、水へのアクセスが悪くなるなど、企業利益のみが優先され、地域社会が痛んでいきました。

かつて世界銀行は、発展途上国が自前の上下水道をもてるよう援助してきました。

しかし、イギリスのサッチャー、アメリカのレーガンという両保守政権が「無秩序な援助の垂れ流し」と批判し、市場に任せて自立を促すよう方針転換を迫りました。世界銀行はこの方針に基づいて援助を行うようになりました。その結果、企業が発展途上国でのビジネスの権利を獲得し、水を商品として提供するようになったのです。

こうしたケースは発展途上国特有のもので、先進国には該当しないという声があります。

そこでイギリスのケースを紹介します。

ヴェオリア、スエズという二大勢力を紹介しましたが、かつては「三大水メジャー」といわれ、テムズウォーターを含みました。

テムズウォーターは1989年、イギリスの水道事業民営化により生まれました。イギリスは70年代後半に深刻な財政難に陥り、老朽化した水道インフラを改善する資金が枯渇しました。現在の日本とよく似た状況です。

1979年のイギリス総選挙において、マーガレット・サッチャーは経済復活と「小さな政府」の実現を公約して保守党を勝利に導き、イギリス首相に就任。市場原理と起業家精神を重視し、政府の経済的介入を抑制する政策をとりました。

新自由主義の立場から、公共事業であった電話、ガス、空港、航空会社などを次々に民営化し、そして1989年に水道事業も民営化されました。

では、水道事業が民営化されたことにより、安全で安価な水が供給されるようになったでしょうか。ここがポイントでしょう。

サッチャー政権による水道事業民営化により、各地の水道事業の運営は、民間企業に託されました。経営は次々と合理化されました。

まず、24時間営業のコールセンターを開設して利便性を向上させました。続いてロンドンの地下に環状暗渠を新設し、自然の勾配を利用して給水・配水ができるようにしました。それまでは電動ポンプで水を送っていましたから自然の高低差を利用することでエネルギーコストが削減できました。民営化後10年の実績を見ると、上水道で18%、下水道で9%の経費が削減され、そのほかに人員削減などによって人件費が17%削減されました。

しかし、それでも経営は改善しませんでした。

水道料金は上昇し、水の質は低下しました。1990年代になると、水質検査に合格する水道水は85%に低下し、漏水件数も増えました。その一方で、株主配当や役員報酬は十分な金額が支払われました。

1999年、ブレア政権になると、民間水道会社は水道事業局によって、平均12%の料金引き下げを強いられました。

この結果、水道事業各社の経営状況は悪化し、いくつかの水道事業会社が、米仏独の企業に買収される事態に至りました。テムズも例外ではなく、2001年、ドイツ第2位の電力会社RWEに買収されました。

その後も「水は儲かる」とにらみ、新生テムズは、各国の水企業を次々に買収しました。最終的には46か国で70万人に上下水道サービスを供給し、短期間のうちに、ヴェオリア、スエズとともに三大水メジャーと呼ばれるようになったのです。

ところが2006年、RWEは「集中と選択」を行います。収益の大きい電力・ガス事業に集中し、その反面、思うように利益の上がらなかった水道事業を切り離すことを決め、テムズをオーストラリアの投資銀行が所有するケンブルウォーターに売却しました。RWEはわずか四年で水ビジネスから撤退。以降テムズは海外から撤退し、イギリス国内で水道事業運営を行っています。

彗星のごとく表れ、M&Aを繰り返し、流れ星のように消えていく。

事業が儲かると見たときは資本を集め、その力で巨大化し、儲からないと見られるや資本は去り、競争の舞台から降りてしまう。

水道事業は、肝心の公益性とは別の論理に支配されていました。イギリスにおける水道事業の民営化は、株式の売却を中心に実現し、結果として政府は財政的な収益は得ることはできました。

しかしながら、水道料金の値上げ、水質の低下、外国企業による株式取得などの問題へと発展しました。

日本でも水道が民営化されれば、同様のことが起きる可能性があります。

当面は大阪市の100%出資会社でも、収益が上がれば株式公開を求められていきます。そして、株が巨大資本の手に落ちれば、市民の基本的人権よりも企業収益が優先される恐れも出てきます。

さらにTPPが発効してしまえば、再公営化しようにもISD条項で株主から紛争解決という事実上提訴されてしまい、高い確率で敗訴となり、市民の税金から高い賠償金を取られてしまいます。

水道事業を市場、企業にのみにまかせるのは危険です。

民営化で効率化が進む一方、水質悪化や断水などの事故が起きた際、どこがどのように責任を取るかなどは不透明です。

水へのアクセスは基本的な人権なのですから、公がきちんと関与していくべきですし、関与しつづけられるしくみにしておくべきです。

 


 

 

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