週刊「水」ニュース・レポート    2016年5月3日号

 

 

 

【今回厳選したニュース・レポート】

 

  • 「『水の国』の水が止まった2つの理由」
  • (アクアスフィア 橋本淳司)

 


●干上がった水前寺成趣園の池

 

  • 「まさかこんなことになるとは」
  • 枯れてしまった池を見つめながら女性は言葉を詰まらせていました。彼女は週に2、3度、母親のために出水神社に水くみに来ていたと言います。
  • 熊本を代表する名園、水前寺成趣園(じょうしゅえん)。
  • 江戸時代、熊本藩主・細川家の御茶屋として利用され、細川綱利(つなとし)の時代に回遊式庭園が完成。園内の池からは阿蘇から流れる清冽な伏流水が湧き出していました。
  • しかし、目の前の池は8割方干上がって白い底が露呈、庭園を管理するスタッフが歩いています。
  • 地震前、約1ヘクタールの池の水深は最大50センチ程度ありましたが、4月14日の地震(前震)の翌朝に7〜8割の水が干上がりました。地下水をくみ上げて回復しましたが、16日の本震後、再び8割ほど干上がりました。
  • 「地震で水脈が変わったんだ」
  • 池を見ていた初老の男性が言いました。
  • では、江津湖はどうなったでしょう。
  • 江津湖は熊本県熊本市東区から中央区にある湖です。周囲6キロ、水面の面積は約50ヘクタール、1日の湧水量は40万トンを誇ります。
  • 水前寺成趣園と江津湖は1キロほどの距離にあり、同じく阿蘇からの地下水脈から湧き出していると考えられます。地震によって水脈に何らかの変化があったのであれば、江津湖も影響を受けるのでは……。
  • しかし、江津湖の水は普段と変わりなく湧いていました。
  • 熊本大学の嶋田純教授(地下水学)は、「浅い層の地下水」と「深い層の地下水」を区切っている層に、地震で何らかの変化が起きたのではないかと、指摘しています。浅い層の地下水」と「深い層の地下水」の「しきり」にひびが入り、浅いところを流れていた水が深い流れのほうに落ちてしまったということです。
  • 東海大熊本教養教育センターの市川勉教授は、地震の影響を受けたのは浅い地下水層との仮説を立てています。
  • 水前寺成趣園の水は「浅い層の地下水」なので、地震の影響を受けて枯渇。
  • 一方、江津湖の水は「深い層の地下水」なので、地震前後で水位に変化はありませんでした。
  • 江津湖直下の深い層には、空洞が多く、水を通しやすい「砥川(とがわ)溶岩」があり、上部地層から常に圧力を受けて、噴水のように地表に地下水が噴き上がります。
  • 江津湖では地震後も、地下水が湧くときに水底の砂を巻き上げる「砂踊り」現象が確認できました。
  • わずか1キロほどの距離にある湧水でも、水の出てくる層によって大きく違うのだとあらためて感じました。

●老朽化した水道管が壊滅的な打撃

 

  • 切れてしまったのは地下水脈だけではありません。上下水道管もです。水豊かな土地であっても蛇口から水が出るのは水道インフラがあるからです。
  • 本震後の4月17日、3県(熊本県、大分県、宮崎県)の20市町村で44万5421戸が断水し、その96パーセントが熊本県で、6市7町3村で42万9591戸で水が止まりました。
  • 全国の水道事業者が給水車を出動させ、また、自治体は備蓄するペットボトル水および給水袋で緊急給水しました。他地域の水道職員・技術者が復旧や応急給水に協力しました。
  • 急ピッチで復旧作業が行われましたが、4月26日時点で、益城町で7340戸、阿蘇市で2042戸、南阿蘇村で1583戸、御船町で1809戸、西原村で1079戸で断水が続いています。
  • 断水は水道管の損傷や漏水によっておきましたが、そこには2つの要因がありました。
  • 1つはもちろん2回の大地震によるインパクト。たとえば、西原村では水道管が布田川断層を横断していたため大破するなど、地震の直接的な影響によって水道管が損傷しました。
  • 公共事業などの施設用地を確保できるということは、地権者が売ってくれるということで、よい土地はまず売ってもらえません。結構な割合で、低くて水はけが悪かったり、崩れやすかったりします。現在では顕著な断層は地域防災計画などに書きこんであるので、見落とすことはないと思いますが、やっと確保した用地だからと目をつぶることはありました。今後様々なインフラをつくるときには地震の影響を受けやすい断層上につくらない、断層をまたがないことを考慮する必要があるでしょう。
  • もう1つの要因は、水道管の老朽化問題です。
  • 厚生労働省や日本水道協会のデータによると、日本各地に張り巡らされた水道管は延べ約66万キロに達しますが、そのうちの12%にあたる延べ約8万キロが耐用年数を超えています。こうしたことが今回の断水に大きく影響したでしょう。
  • 熊本市では、耐震適合性のある基幹管路の割合は、74パーセントに達していました(平成26年度末)。これは全国平均34.8パーセントを大きく上回っています。一方で、管路全体での耐震化率は22パーセント。加えて、昭和40年代〜50年代に整備した管路が、更新時期を迎えることから、老朽管の更新も必要とされていました。
  • 老朽化した管というのは骨粗鬆症の骨のように、衝撃に弱くなります。老朽化という背景と地震というインパクトが重なったことが断水を引き起こしたと考えられるでしょう。
  • また復旧済みであっても、漏水やにごり水の問題が残っているケースもあります。漏水によって水圧が低く、マンション高層階では夜中だけ復旧するケースもあります。
  • 熊本地域では個人宅に井戸をもっている人も多く、そうした人は断水になっても水が使えていました。
  • ただし、浅い地下水を利用する家庭の井戸は、水質に注意が必要でした。もし地下水の流れが変わったら、これまでと同じ水質が保たれているか分からないし、下水管が破損して汚染源が入りこむ可能性もあります。
  • 実際、熊本市生活衛生課には、家庭の井戸水が濁ったという情報が寄せられていました。
  • 熊本市環境総合センターにもちこまれた水、58件(4月27日現在)のうち8件が飲用に適さなかったそうです。
  • でも、これでその水がダメになってしまったかと思うと、そうとも限らない。時間の経過とともに水質が回復してくるかもしれません。こまめに水質を測っていく必要があるでしょう。
  • 熊本地域では清浄な地下水を簡易消毒のみで給水していました。浄水は行わずにすんだので、浄水施設はありませんでした。地下水の汚濁に対し、対抗手段をもっていませんでした。今回のような緊急時にどう対応するかは今後の課題となるでしょう。

●3度目を恐れる人々

 

  • 今回の地震で最も被害の大きかったといわれている益城町には、1階部分が潰れてしまった2階建て家屋がいくつもありました。遠くから見ると平家が傾いているように見えるのですが、近ずくとペシャッコになった1階があるのです。直下型地震特有の強い縦方向の力を受けたのでしょう。それは恐ろしい光景でした。
  • 私が熊本にいる間、早朝の気温が8度まで下がった日がありました。車中で過ごすのは寒く厳しいです。それでも、避難している人たちは口々に「天井のないところで寝たい」と言っていました。最初はその言葉の意味をよく感じ取れなかったのですが、1階のなくなった家を間近にして背筋が寒くなりました。天井が落ちてくる恐怖を感じました。
  • 4月14日に大きな地震を体験し、余震がおさまるのを待っているさなかに、さらに大きな4月16日の揺れ。1回目の地震でぐらついた家屋が、2回目に倒壊した人にも会いました。自宅に帰りたいけど「3度目(の地震)が来るのが怖い」という女性、「子供を天井のある家で寝かせるわけにはいかない」と自宅の庭にテントを張って寝ている人もいました。
  • 益城町から西原村に向う途中では、法面が崩壊し大量の水が湧き出している場所に出会いました。こうしたことが地下でもあちこちで起きているのでしょう。
  • 南阿蘇村へ向う道路では、崩れた石垣の向こうから小学生くらいの女の子が飛び出してきました。半壊した自宅にものを取りに来たのだといいいます。親御さんもいっしょにいました。「気持ちはわかりますが危険なのでは」と話すと、「いまのうちにとっておかないと3回目がきたら絶対にとれないと思って」とのことでした。大切なものが何かまでは聞けませんでしたが、やはり生命がいちばん大切ではないかと思います。
  • みんなが口々に言っている「3回目」。
  • 1889年の熊本地震では、3回の大きな地震が10日間のうちに発生しました。それで熊本の人は口々に「3回目がくる」と言っています。私が熊本にいる間にも何度も地震がありました。3回目の大きな揺れが起きず、このまま鎮静化することを祈るのみです。

●塩井社水源へ

 

  • 南阿蘇村では目を疑いました。
  • 塩井社水源は、旧白水村(現在は南阿蘇村)の中松地内にある塩井神社境内の水源です。地底の砂を吹き上げながら湧き出る水は推定毎分5トン、日量7200トン。灌漑用水・簡易水道にも使われて地域の生活と密着していました。
  • その水がすっかりと消え、かつては桟橋からのぞくとゆらゆら揺れる水鏡があったはずの場所は、湿地になっていました。
  • 水源から流れ出て白川に注ぐ塩井川は、南阿蘇で唯一西から東へ流れる川として知られ、”ノンボリ(上り)川”と呼ばれています。地下水脈も西から東に流れていたはず。この水脈の向きが地震で水が消えたことと関係しているかもしれません。
  • 水脈の変化は、ここに暮らす人たちの生活を一変させてしまうかもしれません。
  • 途中、『阿蘇山と水』の著者の田中伸廣さんと連絡が取れました。
  • 田中さんは熊大で地学を専修されたのち、熊本県庁にて地下水畑を一筋に歩かれた方で、熊本の水の生き字引のような人です。田中さんは地下水位の減少について、「一時的なもので今後、夏場の水位上昇に伴い湧水量も回復するのでないかと考えています」とのことでした。
  • 私は、わずか3週間程前、「熊本では水保全に力を入れており、ここで事業活動をする企業は水リスクが低い」という原稿を書きました。しかし、地震によって熊本では2つの水脈が切れ、人々は水に苦しみ、企業は操業リスクに瀕しています。
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  • 「ホンダ通常稼働に4カ月 熊本地震、ソニーは工場一部再開へ」
    (日本経済新聞2016年4月29日)
  • http://www.nikkei.com/article/DGXLZO00265040Z20C16A4EA1000/
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  • 東日本大震災の経験から、地下水は地震に強いという思いが自分にありました。社団法人全国さく井協会の平成24年度の報告によれば、東北大震災で被害を受けた6県にある261井戸のうち、地震発生後も従来通り使用出来た井戸が213井戸(81.6%)、障害が現れた後も使用出来る井戸が34井戸(13.0%)合わせて94.6%が大震災後も使用が可能でした。
  • しかし、地下を流れる地下水は活断層など地下の動きに大きく左右されます。また、井戸ごとに個別の事情が違うため、大きく影響を受けるケースもあります。そうした地下水の複雑さをあらためて考える機会になりました。
  • 水道水のほとんどを地下水でまかない、地下水保全の意識も高く、そのマネジメントのしくみを国連に表彰されていた熊本で、水が止まってしまったのは衝撃的でした。
  • そこに2つの水脈の途絶がありました。1つは水道管路、もう1つは地下水脈と水道管路です。地震は水道管を打ち砕き、一部の水脈を変えていました。「水の国」の人たちは、水に不自由する生活を余儀なくされています。
  • 熊本・大分で被災されたみなさんが通常の暮らしに戻るにはまだまだ時間がかかります。
  • 多くの方の応援を引き続きお願い申し上げます。

 


 


 

細かな調査も必要だと思っています。専門家によると地下水は今後回復する見込みと言われていますが、デリケートで個別事情が強いことから、汚濁や枯渇が続く井戸もあるでしょう。

熊本の今回の経験は、熊本の将来はもちろん地下水を活用している多くの自治体の参考になると考えます。地下水を活用している自治体はいま一度考えてください。地下水は一般的に地震に強いと言われていましたが、もう少し詳細に地震と地下水の関係を考える必要があるでしょう。

地下水が枯渇したり濁ったりしたときにどのように対策したか。

地下水の量・質がどのように回復したか(あるいはしなかったかの)。

こうした経験から次の地震にどのように備えるか。

「地下水に100%依存するのが悪い」とか「濾過設備を設置すべきだ」などという意見も聞こえてきます。水なしでは生活できないので、水を確保する方法は必要不可欠ですが、過大な設備を入れたら、地元には将来の大きな負担になってしまいます。

地下水100%が悪いわけではなく、井戸によって差異があるので水融通できるしくみができないか、仮に沈殿や濾過を設備するにしても、有事にだけ動かせるような安価で簡易なしくみがよいのではないか、そもそも老朽化した管路をどうするかという問題もあります。

まだまだ考えることはたくさんありますが、被災されたみなさんが一刻も早く普通の生活にもどれることをお祈りしつつ、いったん筆をおきます。