週刊「水」ニュース・レポート    2016年9月4日号

 

 

 

【今回厳選したニュース・レポート】

 

  • 「Aさんの体験が多くの方のお役に立てば」
  • (アクアスフィア 橋本淳司)

 


平成26年8月20日、広島市で豪雨とそれにともなう土砂災害が発生し、74名と胎児一名という尊い命が失われました。土石流は市内の安佐南、安佐北両区の計50カ所で同時多発的に発生したとみられています。

その場所は、長さ約13キロ、幅約3キロの狭い範囲に集中しています。死者74名、ケガ人69名という数字から、土砂災害の特徴が浮かび上がります。土砂は破壊力が大きく死傷率が高い。広島県警察は、8月25日までに死因を特定した57人について、窒息死が36人・脳挫傷が18人であることを明らかにしました。

被災者の一人、安佐北地区に住むAさんに話を聞きました。Aさんの暮らす家は2階建てで、1回は倉庫になっています。家は老朽化がすすんでおり、柱も細いため、「地震がきたらすぐに倒れてしまう。早く出たい」と思っていたそうです。

この家にAさん、奥さん、3人の子どもたちで暮らしていましたが、その日は夏休みということもあり、Aさん以外は奥さんの実家に帰省していました。

夕方、Aさんは広島市内の職場を出ます。同僚から「大雨洪水警報が出ている」と聞きましたが、雨は降っていませんでした。「どこで降っているのだろう?」と思いながら、Aさんはスーパーに立ち寄ります。

「夕方のセールで半額になった刺身を買って、晩酌しようと思いました。のんきなものです」

Aさんが久しぶりの独身生活を楽しんでいると、ポツリ、ポツリと雨が降り出しました。雨脚はすぐに強くなりました。「明日も仕事。もう寝なくては」とふとんに入りましたが、雨が屋根や窓を激しく殴りつけるため寝付けません。ウトウトしては目を覚まし、タブレット型パソコンで雨雲の動きを確認し、またウトウトする。そんな繰り返しでした。

午前3時30分、「ドーン!」という衝撃と轟音でAさんは跳ね起きました。ベランダに出ると、当たり一面、水に囲まれ、阿武山からの流木がすぐ下に迫っていました。

「早く外を見ればよかったと後悔しました。すごい雨だったので開けたら部屋に吹き込んでくると思ったのです」

Aさんはすでに逃げ場を失っていました。外に出れば、激流にのみこまれてしまうでしょう。水の流れが暗闇のなかで不気味に光っていました。積雪が光ったように見えるのとどこか似ていました。

「ウトウトしながらタブレットで雨雲の動きを確認し、太田川や八木用水は大丈夫かと思っていたのです。まさか自宅に水が迫っているなんて思いもしませんでした。うちより山側はすでに土砂にのまれていると思い、恐ろしさと緊張感で震えました」

停電のなか懐中電灯と釣り用の救命胴衣を探しましたが、見つかりません。「いつか揃えよう」と思いながらも何もしてこなかったことを後悔しました。とりあえずいつでも外に飛び出せるように作業靴を履き、紐をしっかりしめました。Aさんは奥さんに電話をしました。

「家のまわりに水が入ってきて逃げることもできない。もうダメかもしれない」

そのとき山のほうからゴッという音がしました。

「うわっ、来た!」

「山津波」という言葉とともに、東日本大震災のときに津波で家が流された映像が脳裏に浮かびました。

「屋根に上がれば、家ごと水平に流されて助かるんじゃないかという単純な発想でした」

 雨が体に当たり痛みを感じるほどでしたが、なるべく頑丈そうな柱を選んで屋根に上がり、山のほうを向いて身を小さくし、もう一度奥さんに電話しました。Aさんはこの時死を覚悟したそうです。

「すまん。とにかく頑張ってくれ、としか言えませんでした。父にもかわってもらい、孫をよろしく頼みます。あまり甘やかさないでください、と話しました」そして雨のなか、「なんとか早くやんでください」と祈り続けました。

空がうっすらと白みはじめ、雨が少し弱まってきた午前5時前、再びゴッという音が聞こえてきました。

「最初は飛行機だと思ったのですが、だんだん大きくなってきました。バキバキという音がせまり、今度こそ終わりだと思い、身をかがめました」

白んできた世界のなかで、土砂が隣家に迫りました。一瞬の出来事でした。家は崩れ、土砂にのみこまれました。Aさんのいる家も揺れています。身をかがめ、飛び移る先を見つけてシミュレーションしました。「右に傾いたらあそこへ飛ぶ。左へ傾いたらあそこへ飛ぶ」。しかし、土砂の流れが止まりました。

あたりは静まり返っていました。

朝になり、周囲が見えるようになりました。水も少しずつひきはじめました。家のまわりを見ると、一本の流木がAさんの家の寸前で止まっていました。流木は山側にある電柱と塀の隙間に挟まれ、土砂はここで左右に分かれていました。

「この流木がここで挟まっていなかったら、土砂はまっすぐ家にきたかもしれません」

押し潰された家、流れ出した家電製品や家具、Aさんの自動車も流されてしまいました。

下に水が入り、圧力でめくれたアスファルト。皮がボロボロにめくれた流木。どこから来たのかわからない高さ3メーターほどもある岩。水の力の恐ろしさを感じる光景が広がっていました。

Aさんは、被災経験から得た教訓をいくつか教えてくれました。まず、地域の人との日頃からの付き合いがすごく大事と痛感したそうです。復旧作業の時も助け合い、励ましあうことができました。

次に防災道具を揃えることです。とくに太く書ける黒マジックが重宝したそうです。被災後、壁などに連絡先やメッセージを書いたり、自分の所有物に名前を書くのに役立ちました。今回Aさんが見つけられなかった懐中電灯は自分の居場所を知らせる目的でも役に立ちます。

復旧作業のときは軍手、カッターナイフ、ドライバー、乾燥してくると埃が立つのでマスクやゴーグルが便利でした。丈夫で大きめのビニール袋は、ものを運ぶときに役立ちました。

靴はすごく大事だそうです。Aさんは作業靴の紐をギュッと結んで、中に泥が入らないようにしました。水かさが増しているので長靴やサンダル履きの人も多くいましたが、最初の一歩で土砂に埋まり、脱げてしまうケースがありました。すると裸足で歩くことになり、地面にガラスや鉄筋があると非常に危険です。

Aさんの体験が多くの方のお役に立てばと思います。