週刊「水」ニュース・レポート    2016年12月21日号

 

 

 

【今回厳選したニュース・レポート】

 

  • 「過疎地域の水道をいかに守るか」
  • (アクアスフィア 橋本淳司)

 


●日本にも水道のない地域がある

 

というニュースがありました。公共上水道がない地域の飲料水確保に役立てようと、美郷町北郷のNPO法人・郷の息吹(小田ちはる代表)は、砂利や微生物の力を利用した「生物ろ過」技術の実験に取り組んでいます。

「日本の水道は世界一。蛇口をひねれば、いつでも安全な水が流れ出す」と言われますが、はたしてそうでしょうか。

日本の水道普及率は97.5%(平成22年)です。

都道府県別に水道普及率を見ると、100%普及している東京都、沖縄県などがある一方で、熊本県の86.1%、福島県の89.6%と低い地域もあります。単純に考えると約300万人が水道の通っていない地域に住んでいることになります。

そういうと、こんな反論を受けます。

「だからといって水が飲めないわけではないだろう。そうした地域の多くは山村にあって、沢水や湧き水や地下水などに恵まれた地域なのだから」

たしかにそうなのです。いや、そうだったというべきでしょうか。じつは最近になって事情が変わってきているのです。

数年前、宮崎県北郷町(現日南市)で沢から水が消えたことがありました。

ここは鰐塚山地の東端部にあたり、町全体が山地となっています。町の総面積の約88パーセントが森林で、その大半は飫肥杉です。沢水に頼っていた稲作は、新たに農業用水を利用せざるをえなくなりました。

町の人は水が消えた理由をこう言います。

「山を人工林に変えてしまったから、こんなことになったんだ。もっと早くに気づくべきだった」

四国山地の中腹にある高知県大豊町でも、同じようなことが起きました。沢水やわき水に頼って暮らしていた人たちから「水が涸れた」という訴えが相次いでいるのです。

「ちょっと前まで山のわき水をホースで引いてタンクにためて飲料水にしていた。それがどんどん減り始めた」

こんこんとわいていた清水の量は2000年頃から減り始め、ついにタンクに水がなくなり、町の水道を引かざるを得なくなりました。どちらの町の関係者も、山の保水機能がなくなったためと考えています。

放置された人工林は、遠くから見ると樹木が整然と立ち並び、緑に輝く立派な山に見えるのですが、一歩踏み入れると、真っ暗で地面にはほとんど草が生えていません。

かつてスポンジのように水を保つ力のあった土壌は、植え替えられたスギやヒノキが放置されるようになると、カチカチのコンクリートのようになりました。水をためる力はなく、降った雨は山にとどまることなく、すぐに低いほうへと流れていきます。

日本は世界でも雨の多い地帯であるモンスーンアジアの東端に位置しています。国土の四方を海に囲まれ、あらゆる方向から湿気をおびた風が吹き込み、それが日本列島の背骨である山脈にぶつかり、雨をもたらします。

ただし日本列島を、仮に東西に切断してみると、その断面は先の尖った三角形のようであり、三角形の頂点である山から、海に向かって勢いよく水が流れていきます。

もしも手近に三角柱の積み木があったら、コップから水を注いでみてください。水は勢いよく流れていってしまうでしょう。次に積み木におしぼりをかけてください。ここにコップの水を注いでもすぐには流れていかないでしょう。このおしぼりこそが森なのです。森が保水力を失えば、山に降った雨は一気に海まで流れていってしまうでしょう。

生活に使っていた清水は、雨のたびに濁ってしまったり、枯れたりしているのです。

 

●小規模集落は見捨てられる

大分県豊後高田市の黒土地区は人口約200人の小集落で良好な水源がありません。

表流水、浅層地下水は乏しく、比較的水量を確保できる深層地下水には、鉄、マンガンが多く含まれています。いわゆるカナケの強い、黒茶色の濁り水で、飲用はもちろん、洗濯・風呂などに使用するのもむずかしいのです。

人びとは、毎日10キロ離れた湧水を汲んで生活用水としています。洗濯のために豊後高田市内のコインランドリーまで毎日通う人もいます。

ですが、いつまでそれができるのかという不安が広がっています。

「水を汲みに行けるのも、車の運転できるうちだろう。いつかは水を確保するのがむずかしくなる」

水道事業の財政は厳しく、小規模集落に新たな水道を敷設する計画はありません。

企業の地下水利用、少子化、節水などから水道事業の収益は減少しています。また、過去の設備投資のツケとして上水道で約11兆円、下水道で32兆円の借入金も残っています。

さらに最近では、水道管の破裂事故が多発しています。水道管破裂事故は年間1000件、下水道の陥没事故は年間5000件起きています。

日本水道協会の調査では、全国の水道管の総延長約66万163キロ、法定耐用年数(40年)を過ぎた管路は8万192キロ(12.1%)、14年度中に更新された水道管の割合は0.76%にとどまります。

資金がなくて更新することができません。現在多くの自治体は水道管の「延命化」に取り組んでいます。財政事情から正規の耐用年数で更新できないので、水道管の内部に保護膜を張るなどして鉄さびの進行を抑え、20~30年長持ちさせるのです。しかし、永遠に延命できるわけではなく、現在のしくみを抜本的に見直す必要があるのです。

厚生労働省が2015年3月に発表した「新水道ビジョン」では、こうした小規模集落には新たな水道は引かず、代替手段が取られる方針です。

当時、朝日新聞に「ぜいたくな水道を見直す」という佐藤裕弥さん(浜銀総合研究所地域経営研究室長 厚生労働省新水道ビジョン策定検討委員会委員)のオピニオンが掲載されました。

記事は、次のようにはじまります。

「過疎地では飲み水はペットボトルを宅配水で届け、あとは給水車が週2回、地域の拠点まで運んで給水するー。約10年ぶりに全面改訂されて3月に決定した「新水道ビジョン」を読めば、こんな将来像が浮かび上がってきます。老朽化した施設が更新期を迎え、経験をしたことがない時代に突入しているのです」

「水道は独立会計で、利用者の水道料金で賄っています。数十年前に埋めた水道管の更新期を迎えていますが、ほとんどの自治体は費用を積み立てていません。とくに人口が減少する過疎地の簡易水道の経営は苦しい」

しかし、それでは生活の質がひどく低下します。週2回の給水だなんて、まるで災害に遭った時のようです。それが一時ではなくずっと続くのです。蛇口から出る安全な水の恩恵を受ける人の暮らしとは随分と違います。

 

●市民が自主管理する小規模飲料水供給施設

豊後高田市の人びとの間には「見捨てられた感」が広がっていました。私はアジア各地で、給水ポイントのないところを見てきましたが、似たような地域が日本国内にあることに驚きました。

そして、この地域では、ペットボトル水の配給や給水車による給水などという付け焼き刃ではない、真の代替案が動き始めました。それは市民が自主管理する小規模飲料水供給施設です。小規模飲料水供給施設には、いくつかの条件がありました。

まず建設費、維持管理費ともに安価であること。豊後高田市の黒土地区は高齢世帯が多く(高齢化率55・2%)、収入は年金のみという人が大半です。施設整備の高額な負担には耐えられません。調査の結果、1世帯10万円が限度とわかりました。

次に維持管理が簡単であることも大切です。

高齢者が多いので、重労働や複雑な作業(たとえば薬品を扱うなど)をともなう維持管理は難しいでしょう。

そこで「NPOおおいたの水と生活を考える会」は、粗ろ過と生物浄化法(緩速ろ過)の浄水施設をつくることを黒土地区に提案しました。

生物浄化法(緩速ろ過)は、ろ過層の表面に棲む目に見えない生物群集の働きで水を浄化します。薬の力は使わず、森の土壌が水をきれいにする自然界のしくみをコンパクトに再現したものです。粗ろ過と組み合わせることで、濁った水にも対応できます。しくみは単純ですが、信頼性の高い浄水方法なのです。

この方法はメンテナンスも簡単です。

ろ過装置が目詰まりしたときに、砂のかきとりが必要になりますが、軽作業なので高齢者でもできます。

さらに建設コスト、維持管理コストとも他の方法に比べ安く、住民の負担は小さくなります。

2011年4月、大分県、豊後高田市からの助成も受け、1日の浄水能力8トンという小規模飲料水供給施設が動き始めました。総工費は700万円、地元負担は1世帯当たり約5万円でした。

現在も、地元の人によって管理が行われています。具体的には、毎日のろ過流量管理、2週間ごとの粗ろ過地の洗浄、2か月ごとの濾過地の閉塞除去を住民が交代で行っています。

また、「NPOおおいたの水と生活を考える会」は、約1か月に1回の訪問による状況モニタリング、水質検査、維持管理・施設の改善案の提案などを行っています。

公共サービスのほつれをNPOと市民で補うという新しい形が誕生したといえるでしょう。

 

●市民の自主管理を前提に行政が補助金を出す

似たようなケースはほかにもあります。

津山市(人口11万人)の水道普及率99.4%で、未普及地域が推計254戸(約730人)ありました。水道未普及地域は、市街地から地理的に遠いのですが、これまでは清浄で豊富な水を住民が簡易処理して使用していました。

しかし、最近になって課題が出てきました。

たとえば、高齢化の進展により施設の維持管理がむずかしい、雨天時の濁り、野生動物の糞尿などが原因で水質が悪化する、山の保水力の低下などが原因で水量が不安定になった、などです。

これらの課題を津山市の水道事業の仕事として解決を図ろうとするのは財政的に厳しいということでした。

そこで、「小規模飲料水供給施設整備事業補助」という制度をつくりました。

これは、「浄水場の未整備地域における生活環境の整備および保健衛生の向上を図る」ために、「小規模飲料水供給施設の新設」などの経費の一部を「予算の範囲内で補助する」というものです。

補助の大前提は、地元の水道管理組合が、施設の設置、運営の責任を負うこと。つまり大分のケース同様、市民が自ら水道管理をすることが前提になっています。そのうえでいくつかの条件に合う事業に補助金が出ました。その条件とは、

 

  • 水道法第4条の基準に適合する安全を供給すること
  • 戸数10個以上、給水人口20人以上100人未満の規模(水道法の適用外)の地区
  • 補助申請に対し、対象戸数の90%以上の同意があること

です。

補助率は、取水・ろ過施設の設置に60%、給配水管施設に30%、自己負担額の上限を超えた部分、今後の水質検査費用に50%(上限10%)。これまで3地区で住民による小規模水道事業者が動き出しています。

小規模飲料水供給施設は、維持管理を地元組合が行うため、「できるだけ構造が単純で管理の手間が少ないこと」「ポンプ等の動力を使用しない自然流下とすること」「できる限り薬品類を必要としない施設とすること」などが考慮され、粗ろ過と生物浄化法(緩速ろ過)を組み合わせた装置が採用されました。

現在、津山市では3つの小規模飲料水供給施設が稼働しています。こうした事例は同様の問題に悩む小規模集落や自治体に参考になるのではないでしょうか。