週刊「水」ニュース・レポート    2017年1月12日号

 

 

 

【今回厳選したニュース・レポート】

 

  • 「水道民営化の暗い部分を敢えて」
  • (アクアスフィア 橋本淳司)

 


日本の水道経営が厳しくなるにつれ「水道を民営化するしかない」という声が聞かれるようになりました。民間の知恵によって効率化を図ることが水道の持続につながるというのです。

現在は、民営化バラ色論がメディアに掲載されていますので、あえて暗部についてまとめておこうと思います。

どんな話もよいことだけではなく、悪いことだけでもないという理解で読んでいただければと思います。

世界の市民団体は、

 

  • 「膨大な資金力を持つ企業が世界中の水を支配下に置こうとしている」
  • 「水という自然資源を特定企業の利益のために独占している」

と、批判キャンペーンを展開しています。

同時に国連に対して、

 

  • 「水は人間が生存するために必要不可欠な共有財産である」

と訴え、水ビジネスや水の売買を禁止する国際条約をつくるよう働きかけています。

スエズ、ヴェオリアなどの世界的水企業(以下ウォーターバロンと記述します)は、国連や世界銀行と密接な関係にあります。世界の水問題に関する議論をリードし、「民営化こそが水問題を解決する手段である」という考え方にお墨付きを得るために、国連や世界銀行に接近してきました。

世界の水問題を扱う国際会議として、世界水フォーラムというものがあります。水企業、水事業に従事する技術者、学者、NGO、国連機関などが多数参加し、深刻化する水問題について議論しています。国連主催の正式な会議ではありませんが、各国の政府関係者や政府代表も多数参加し、閣僚宣言も出されるので、世界の水問題と政策に関する議論に大きな影響を与えています。

その世界水フォーラムの主催しているのは、世界水会議(WWC)という民間シンクタンクです。WWCはウォーターバロンの影響が強い団体です。一部の企業利益を代表する民間シンクタンクが、閣僚宣言も出す世界水フォーラムを主催していることに対し、世界の市民団体からは批判の声が上がっています。

ウォーターバロンは、政府や国際貿易・国際基準に関わる機関に対し、公水道の民営化を義務づけるよう法規制や貿易協定の変更を求めたこともありました。

また、発展途上国の水道民営化は、しばしば世界銀行による融資供与と引き換えに行われてきました。欧州復興開発銀行、国際通貨基金(以下、IMF)、世界銀行などは、発展途上国に対する融資の条件に「水の自由化・民営化」を加えていました。

これはウォーターバロンにとっては大きなメリットです。

なぜなら、そもそも水資源にアクセスしにくく、まともな社会インフラのない場所で水道事業を立ち上げるには、膨大な資金とノウハウが必要で、そうした企業は数えるほどしかないからです。

どうしてこんなことができるようになったのでしょうか。

シラク元大統領はパリ市長時代に、市内をセーヌ川で左右に分け、片方をヴェオリアに、もう片方をスエズに任せました。常に両社のバランスを取り、水ビジネスのやり方を学んできました。

その後、1980年にフランスの国内上下水道市場は飽和し、海外進出を図ることになりました。シラク前大統領を含め、水の民営化を徹底的に考え。政治主導で国際金融機関のカネをうまく利用したのです。

戦略的に、国際機関の事務局にフランス人を増やし、実権を握るのです。国際金融機関に一番カネを拠出しているのがアメリカと日本ですが、それを活用し水インフラの分野で稼いでいるのがフランスなのです。

とくに問題視されているのは、「フルコスト・プライシング」といって、水道事業にかかった費用の全額を地域の消費者から取り戻すというやり方です。このやり方では、水道事業に費用がかかれば、水道料金はどんどん上がっていきます。

その結果、富裕層は問題ありませんが、貧困層は安全な水にアクセスできなくなります。最終的には金持ちしか使えない水道になってしまう可能性があります。

市民団体は、「フルコスト・プライシングでは、貧困層は水道料金を支払えずに水の供給対象から除外されてしまう」と反対しましたが、聞き入れられないことがほとんどでした。

また、一度水道事業をスタートしても、投資に見合ったリターンがなければ、クールに撤退してしまうケースもありました。費用対効果を考えるのは企業としては当然ですが、それが公共性の高い水道事業で行われたことに問題があります。

1993年、アルゼンチン政府は、世界銀行、IMF、アメリカ政府からの強い要請を受け、ブエノスアイレスの水道を民営化しました。

80年代に経済危機に苦しんだ南米諸国は、90年代にアメリカ政府やIMFが求める構造改革に取り組みました。「小さな政府」を合言葉に、歳出を削減し、国家資産のほとんどを売却し、外国企業の参入を認めて競争を促進しました。

民営化は、89年に5000%近いインフレを引き起こした経済危機からアルゼンチンを脱却させる唯一の方法と考えられていました。

水道公社の売却もこうした政策の一環でした。政府は、フランスの巨大水企業ジェネラル・デ・ゾー(現ヴェオリア)とリヨネーズ・デ・ゾー(現スエズ)の合弁会社であるアグアス・アルヘンティーナと30年間にわたるコンセッション契約を結びました。

合弁会社は、水道料金の値下げと上下水道サービスの改善・拡大を約束して契約を獲得しました。具体的には、41億ドルを投じて、8年間で420万人以上を上水道にアクセス可能にし、480万人に下水道網を整備するというものでした。

たしかに民営化後に水道料金は下がりました。

ですが民営化直前に水道料金が上がるというおかしなこともおきていました。

そして、約束は簡単に反古にされました。

契約から1年もたたないうちに、経営悪化を理由に契約内容の変更を求め、上下水道整備など重要事項は消えてなくなり、さらに再び水道料金は上がりました。

これにブエノスアイレス市民の怒りが爆発しました。96年、郊外のロマス・デ・サモラではじまった抗議行動は、またたく間にブエノスアイレスにまで拡大しました。

民営化に反対する動きはアルゼンチン全土で起きました。民営化後、水道料金がたびたび値上げされ、約束されたサービスの改善・拡大は行われませんでした。さらに水道料金が支払えない人は容赦なく供給を停止されました。

2006年、アルゼンチン政府は民間企業に譲った水道事業の権利を取り消すと発表しました。

キルチネル大統領は、「水が国民の手に戻った。再び社会の財産になった」と強調しました。アルゼンチン政府は、アグアス・アルヘンティーナが安全な水を供給するという契約に違反しているとし、キルチネル大統領は、同社が巨額の利益をあげているにもかかわらず、「サービスでは最悪だった」と指摘しました。

現在、水道事業は公営事業に戻っています。

水道の民営化によって地域住民が切り捨てられるケースは世界各地で見られました。

南アフリカでは、巨大水企業の営業活動と世界銀行の勧告によって地方自治体の水道事業が民営化されました。その結果、水道料金を支払えない住民には、サービスが停止されました。

南アフリカとカナダに事務所を置く国際的な調査機関「自治体サービス・プロジェクト」が2002年に行った調査によると、「1994年以降、1000万人の人が水道を止められ、200万人が水道料金や光熱費の不払いを理由に立ち退きを強制された」といいます。

水道を止められたために、多くの人が汚染された川や湖から水を得なくてはなりませんでした。そのためコレラや胃腸疾患が大流行しました。南アフリカ史上最悪のコレラの流行であり、数万人が感染し、数百人が死にました。

南米ボリビアの政府所在地であるラパス郊外の貧困地区では、わずかなアンデスの雪解け水を300家族が分け合って暮らしています。ここの水道事業は1997年に民営化されましたが、住民は水道会社が利潤ばかり追求して水道網拡張を怠ったと訴え、2000年から「水戦争」と呼ばれた激しい抗議デモを繰り返してきました。貧困層の強い支持で06年に発足した左派モラレス政権は08年1月、水道事業を再び国営化しています。

08年、中米エルサルバドルでは、水道事業の民営化に対して抗議を行った13人がテロ行為の実行ということで起訴されました。エルサルバドルで通信や電気などが民営化されたときに、値段が高騰して多くの貧しい人が利用できなくなったという歴史があったため、同じことが水で起きないようにと抗議行動を起こしました。「水は基本的人権」と訴えたところ、「テロ行為」として処罰されるというのは明らかにおかしなことです。

先進国の企業益のために、地域住民益が無視され、基本的な権利が蹂躙されるケースが中南米には数多くあるのです。

IMFや世界銀行が貧しい債務国に対し、融資の条件として水道事業を含む公共セクターを民間に売却するよう指導し、ウォーター・バロンがその受け皿になるという図式は世界のあちこちで見られます。

民営化後に事前の契約内容が保古にされ、水道料金が上がったり、サービスの質が低下したり、水へのアクセスが悪くなるなど、企業利益のみが優先され、地域社会が痛んでいくことが大きな問題です。

もともと世界銀行は、発展途上国が自前の上下水道をもてるよう援助してきました。

しかし、イギリスのサッチャー、アメリカのレーガンという両保守政権が、「無秩序な援助の垂れ流し」と批判し、市場に任せて自立を促すよう方針転換を迫りました。

世界銀行はこの方針に基づいて援助を行いました。

その結果、企業が発展途上国でのビジネスの権利を獲得し、水を商品として提供するようになったのです。それで発展途上国の人々が安定した水の供給を受けられればよいのですが、実際にはそうならないケースが目立ちました。

80年代にアメリカでレーガン政権、イギリスではサッチャー政権が新自由主義の旗を掲げ、それに寄り添うようにして資本取引の自由化が進みました。

英米主導の新自由主義は、財政破綻した新興国や途上国などに対し、IMFを通じて市場開放や外資導入、公的部門の民営化などの処方箋を施し、投資銀行に新たなビジネス機会を提供していきました。

世界各地で進んだ公営水道の民営化はこの流れにのったものです。