アクアコミュニケーターの知恵
水辺を旅するはなし | Story Explore the waterfront
摩周湖でかけられた呪い
摩周湖といえば霧、霧といえば摩周湖、というくらい両者を結ぶ連想の絆は強い。
だからといって摩周湖に行ったときに霧が出ていたほうがよいかといえば、ノーなのである。
やはり晴れの摩周湖が美しい。
なぜ霧のイメージが定着したのかといえば、布施明の歌によるのだろう。
その名も「霧の摩周湖」。
作曲は平尾昌晃で、その当時、結核に苦しみ歌手の道をあきらめるかいなかの岐路に立っていたと、本人がラジオで語っていたのを聞いたことがある。
僕が訪れたとき、摩周湖は晴れ渡っていた。

ブルーが独特で、かつて透明度40メートルと世界一を誇った時期もあったが、ヒメマスやニジマスの養殖を試みたこともあり、いまではだいぶ汚れてしまったという。
いまの透明度は20メートルとかつての半分らしいが、それでも摩周湖は透きとおる。
高いところから、のぞき込んだら、吸い込まれるのではないか。
そう思っていると、例の歌をせつない感じでくちづさみながら、「熊出没注意」と書かれた黄色いTシャツを着た初老の男が近づいてきた。
「摩周湖をのぞきこんではいけないよ」
心を読まれたかとぎょっとして振り返ると、男は誰彼かまわず、禁止令を出している。
そして、「うつさぬ水にあふれる涙」と、また歌う。
だが、禁止されると、余計見たくなる。
そういうものなのだ。
玉手箱のなかみ、イザナミの姿、機を織るところ。
見てはいけないと言われながら、伝説の主人公たちは約束を守ることができなかった。
湖畔にはちょうどいい高さのベンチが置いてある。
うえに乗ってのぞきこんだら、どんなにすばらしいか。
そっとベンチに足をのせると、何やら文字が書いてあった。

「土足する者必ず道中不慮の事故」
見てはならぬものを見てしまったために、こんな呪いをかけられるなんて、伝説の主人公になった気分である。
僕はのぞきこみたい気持ちをそれ以上はおさえて、神秘の湖をあとにした。