アクアコミュニケーターの知恵

 

 

地域の水循環のはなし  |  Story of the water cycle in the region


 

リニア中央新幹線が水を奪う

 

 

 

  • 「夢の超特急」は薔薇色の明日をもたらすか

リニア中央新幹線の経済効果が各種メディアで取り上げられています。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングのレポートでは、品川ー名古屋間が開業した後の経済効果は、2050年までに10.7兆円、大阪まで一括で整備された場合に16.8兆円と推計されています。その内訳は、まずは「夢の超特急」を目当てにした外国人観光客などの増加によるもので、東京・名古屋・大阪だけでなく、途中駅周辺でも観光を中心に経済効果が見込めるとされています。

また、東京ー名古屋間は40分、東京ー大阪間は1時間という移動時間の短縮に伴って、仕事の効率がアップし、経済活動が活性化する効果も大きいとされています。

それだけに、リニア中央新幹線に対する地元自治体の期待は高まるばかりです。まるで初恋にうなされる中学生のようです。最近では京都市が、駅誘致に前のめりになっています。「京都駅ルートが実現した場合の経済効果が年間810億円。現行案の奈良ルートと比べ約2倍になる」という独自の試算を公表して、何とかリニアのルートを呼び込もうと必死になっています。

各地でバラ色の妄想が一人歩きしている感がありますが、果たしてリニア計画は、それほどよいものでしょうか。少しだけ冷静になって考えてみたいと思います。

 

そもそもリニア中央新幹線とは、時速約500キロで品川、名古屋、大阪を一直線で結ぶものです。走行方式は「超伝導磁気浮上方式」。リニアモーターをマイナス269度まで冷やし、そこに電流を流して超伝導状態にし、側壁の磁石との間に生じる強い磁気により、車体を浮かせて走行します。

品川ー名古屋間は平成39(2027年)年開業を予定し、平成45年に大阪への延長をめざしています。品川を出発すると、神奈川県相模原市、山梨県甲府市、長野県高森町、飯田市、岐阜県中津川市という中間駅を経て名古屋に到着。全長286キロメートルの工程ですが、都市部では大深度の地下トンネル、南アルプスの山並みでは直下に大トンネルを穿つことになり、経路の約8割が地下を走ることになります。

 

 

  • リニア実験線での水涸れ

ここに「夢の超特急」の1つ目の問題点があります。トンネル工事によって水涸れを引き起こす可能性があるのです。

私は数年前から山梨県笛吹市のリニア実験線周辺を何度も歩いています。

 

建設現場近くの道を歩くと何台ものトラックとすれ違います。ときおり水がゴーゴーと音を立てて流れる場所があります。静かな山のなかでコンクリートの滑り台を水が落ちて行く様子は異様です。

これは何か。トンネル工事の際、水脈にぶつかると、トンネル内に水が溢れます。そうなると工事に支障を来します。そこでコンクリートのバイパスをつくって他の場所に移します。その水が音を立てて流れているのです。

しかし、そうなると別の場所で水涸れが起きます。

山のなかで水の消えた川に出会いました。なぜそこが川だとわかったか。干上がった地面に、水で削られた丸みを帯びた石と、魚やカニの死骸が転がっていたからです。これはとんでもないことになっていると思いました。

トンネル掘削工事の現場周辺では、井戸水や河川の渇水・減水が相次いでいます。

地下水の豊富な地盤にトンネルを掘削すると、風呂桶の底に穴があいたようになり、地下水が漏れ出します。大量の出水により掘削工事は難航し、一方で、その地下水をつかっていた人々は水に困るようになります。

平地の場合、砂や礫の層にある隙間に水が流れます。平地にトンネルを掘る場合、既存の井戸があれば観測記録やボーリング資料などをもとに計画を立てることができます。シールド工法という砂利を掘ったそばから既成の壁を組み立て、地下水がトンネル内に漏出するのを極力小さくする工法もあります。

しかし、山岳トンネルの場合は、簡単ではありません。地下水が岩盤の亀裂の中に含まれているからです(火山地帯を除く)。これを「裂か水」と呼びます。地下深い岩盤内にどのように亀裂が入っているのか、裂か水がどの程度存在しているのかはなかなかわかりません。山岳トンネルを掘るときには、機械で岩を掘り崩し、一定の長さを掘り進めたところで壁にコンクリートを吹きつけ、鉄の棒で岩盤に密着させ、防水シートを張り、さらにコンクリートで内壁を構築します。あるいは徹底的にトンネル周辺の水を抜きます。

しかし、どこに水があるのかを正確に予測するのはむずかしく、結果として水脈を切断することがあるのです。

御坂町の水源である一級河川「天川」は枯渇しました。八代町竹居の門林地区九世帯が使っていた井戸水は明らかに減っています。応急対応で市の上水道に接続していますが、ここに住民に話を聞くと、「工事前には井戸が減ったりしたことは一度もなかった」と言っていました。

御坂町上黒駒の若宮地区でも、生活用水として使っていた簡易水道が渇水しましたし、八代町竹居で約100世帯がつかっていた簡易水道の水源も枯れました。工事者は「水源の水をためる層近くを掘削したことが原因」と因果関係を認め、「日常的に水脈の観測を行いながら慎重に工事を進める。仮に新たな報告があった場合、地元住民に対し、きめ細かな対応をしていく」としています。

そうしたなか、やや意外に思ったことがありました。何人もの住民に話を聞いたのですが、水源が枯渇したことへの怒りの声はあまりなく、補償として代替水源を確保してくれたことへの感謝の声ばかり聞きました。とりあえず今日、明日の水が確保されればいいということでしょうか。

ですが代替の水は遠くからポンプで配送されているためエネルギーコストが高いはずです。さらに生活水の補償は、国土交通省の通達で「最長30年間」という期限がありますから、将来的には水道料金として住民が支払うことになるでしょう。そのときになって地元の水が消えたことを後悔しても遅いのです。

 

 

  • 本線で起きる水の問題

リニア中央新幹線本線は、東日本大震災から間もない2011年5月に国交省が「GOサイン」を出し、建設に向けた動きが一気に加速しました。

リニア本線では、前述したように、全長286キロメートル経路の約8割が地下トンネルになります。それに加え、ルート上に直径40メートルの巨大な立坑が5〜10キロメートルおきにつくられます。つまり、東京ー名古屋の地下深くつらぬく横穴と、そこに向かって地上から伸びる無数の縦穴があくことになります。

こうした工事の影響が懸念されている場所があります。

たとえば、長野県下伊那郡大鹿村大河原の釜沢集落では、集落の水源地の地下を路線が通る予定になっています。また、同県木曽郡南木曽町妻籠では、県の水環境保全条例で「水道水源保全地区」に指定されて、360世帯が利用している水源地と路線が重なっています。

こうした地域では、実験線の工事現場周辺と同様のことが起きる可能性があります。

 

 

  • 南アルプス横断トンネルで大井川が涸れる

本線のトンネルのなかでも、とりわけ長いのが南アルプス横断トンネルです。小渋川など二カ所の川を渡る橋の部分で少しトンネル外へ出るだけなので、実際には山梨県富士川町から豊丘村に至る延長約50キロのトンネルと考えてよいと思います。富士川、大井川、天竜川という三河川の流域を一本のトンネルで貫くわけですが、現在、水涸れについて最も心配されているのが大井川です。

JRが大井川水系源流部の七地点で工事後の河川流量を試算したところ、赤石発電所木賊取水せき上流で毎秒2.03トン減るという結果が出ました。毎秒2.03トンは同地点の平均流量(11.9トン)の約17%に相当します。

トンネルを掘ることで河川流量が減るメカニズムは、掘削途中に地中の水脈にぶつかりトンネル内部に地下水が染み出すことが原因です。

そこでJRは、トンネル周囲の地盤の隙間を埋める薬剤を注入したり、防水シートを施したりした上でトンネルをコンクリート加工する案を示しています。

しかしながら、こうした対策を講じても、地下水がトンネル外側のコンクリ表面を伝うなどして山梨、長野両県内のトンネル開口部から流出する懸念は残っています。

毎秒2.03トンという水は、下流域の島田、掛川など7市約63万人の水利権量とほぼ同じです。該当する地域の自治体は懸念を示し、JRに対し、保全措置を尽くしても減水となる場合は、代替水源を確保し、利水団体と継続的に協議することなどを求める要望書を提出しました。

とくに掛川市の住民は複雑な思いでしょう。なぜなら過去にトンネル工事が原因で、生活に利用してきた湧き水が枯れてしまった経験があるのです。粟ヶ岳の中腹には地下水が湧き出る水源がいくつもあり、地域特産の茶の栽培に欠かせません。

ここでは1954年頃、約35世帯で簡易水道組合を発足して生活水を調達していました。毎分200リットル以上の豊富な水が湧き出るため、他の地区にも供給したほどでしたが、2000年5月に水源が枯れたのです。原因は約500メートル北側で1999年から始まった新東名高速道路金谷トンネルの掘削工事でした。

事業者の中日本高速道路が止水工事などを試みましたが、湧き水が戻ることはありませんでした。

 

 

  • 生態系保全の視点はない

 

  • 「これまでつかっていた水がなくなっても、代替の水は用意してくれると言っているんだから、それでいいじゃないか」

という人がいます。

そういう人はほかの動植物のことを考えていない人です。

工事によって、河川や湖沼の水深が浅くなる、流れが切れる、水温が上がるなど、生態系がダメージを受ける可能性は高いのですが、長大なトンネルの建設現場を取り巻く南アルプスには多様な希少動植物が存在します。

静岡市、川根本町を含む3県10市町村は同地域を含むエリアでユネスコエコパークの登録を目指し、開発と保全の整合性が問われています。

アセス準備書は、県条例が保護対象とするラン科の植物「ホテイラン」の生育環境を「保全されない可能性がある」と明記しています。絶滅の危険性が極めて高いとされるイヌワシやクマタカなども同様の評価です。

これを受け静岡市環境影響評価専門家会議は、「多様な生態系を損なうことはエコパーク全体の機能喪失につながる」と指摘し、「必要な場合は計画の見直しも含めてエコパークの登録実現を積極支援すべき」とまとめています。

 

 

  • 採算性低く、電力効率も悪い

リニア計画にはほかにも疑問点が残ります。

1つ目は採算性です。膨大な建設費に見合う利用者がいるでしょうか。最大の懸念は、JR東海という民間企業が9兆円もの建設費用を全額負担することです。リニア中央新幹線のビジネスモデルは東海道新幹線と基本的には同じで、内部留保(利益剰余金)と借金で建設費を賄い、運賃・料金収入でそれを回収するというものです。

JR東海の内部留保は1兆5891億円(2013年9月)ですが、一方の借入金・社債・鉄道施設購入長期未払金の有利子負債として2兆6022億円を抱えています。リニアに着工すれば、借入金はさらに増えます。全線開業時の債務は5兆円程度になると予測されています。

一方で、運賃収入は東海道新幹線開通時のようには大きな運賃収入は見込めないでしょう。

リニアを開業しても既存の新幹線から乗客がシフトするだけだからです。さらに格安航空会社との顧客の奪い合いも予想されます。そうなると不採算路線になる可能性もあります。JR東海は今のところ品川—名古屋間の運賃を東海道新幹線「のぞみ」の運賃に700円程度上乗せすることを想定しています。大阪まで全面開業した際も、上乗せは全線で1000円程度にとどまる見込みとしていますが、不採算であれば、運賃体系を見直さざるをえないでしょう。

2つ目は電力です。リニアの消費電力は現在の新幹線の3倍といわれています。ここで問題となるのは強い磁界をつくり出すために超伝導磁石を使うことで、全長約四百四十キロの路線全体に常伝導の推進コイル(電磁石)を敷設するなどで、膨大な電力を必要とします。乗超伝導磁石の冷却にも大きな電力が必要です。

産業技術総合研究所首席評価役の阿部修二氏が、JRの公表数値などをもとにリニア走行の消費電力量などを予測しています。乗客1人当たりの消費電力量は、既存の新幹線と同じ時速300キロメートルで走ると約2倍、最高時速とされる506キロメートルで走行した場合は300キロメートルで走る新幹線の三・五倍となる試算を示し、リニアのエネルギー効率の悪さを指摘しています。

3つ目は残土の問題です。自然豊かな南アルプスに長大なトンネルを掘るのですから、沿線全体に残土処理の問題があります。

そのほか電磁石の影響の問題も未知数です。リニアに乗るときには、クレジットカードなどは磁気の影響を受けないように、特殊なケースに預けることになっています。

 

 

  • リニアは高度経済成長期の残滓

振り返って見れば、リニア中央新幹線が最初に提案されたのは1973年、第二次改造田中角栄内閣の高度成長真っ盛りの時代でした。リニアとは、ブルドーザー宰相による列島改造計画の残滓なのです。

列島改造とは、川による町と町の結びつきを断ち、地方の町を道路や鉄道で東京と直結することでした。それまで、ヒト、モノ、カネ、文化の流れは川とともにありました。そして一つの川の流れで結ばれた流域が生活圏でした。流域を基盤とした生活圏は、独自の方法で自立し、ユニークな文化を生みました。しかし、高速道路網、新幹線網が整備され、地方の町が東京と直接つながるようになると、川の道はしだいに消え、川の流れで結ばれていた小さな町同士のつながりは薄くなりました。

ヒトとカネは町から東京へ流れ、モノと文化は東京から町へと流れました。若者は東京へ行き、地方には年寄りが残されました。街並や商店街は消え、幹線道路沿いにショッピングセンター、ファストフードチェーンができたのです。道路と鉄道は開発時には地方の水を奪い、完成後は地位の活力を東京へ吸い取るストローの役割を果たしたのです。

高度経済成長の残滓であるリニアも巨大なストローです。計画から40年が経過し、社会が大きな変化を迎えているにもかかわらず、相変わらず成長の夢を追いかける単純なプロジェクトです。

もう少し冷静になって自分たちを取り巻く状況を見てください。

今後半世紀、私たちを取り巻く環境は大きく変化するでしょう。

今後の構造変化のなかで最もインパクトの大きいものは人口減少でしょう。現在の傾向が続けば、2060年には人口が約8700万人まで減少します。そして、その多くが都市に住んでいるとされています。

こうしたなか経済成長を目指さない社会づくりを真剣に考える時代になりました。経済活動は行いながらも、その規模自体は拡大していかない経済です。経済の持続は必要ですが、経済規模が拡大し続けることは必要でしょうか。

また一方で、日本列島に穴をあけて水を奪い、大量のエネルギーをつかい、処理しきれないほどの残土を出し、それでも高速に移動する必要があるのでしょうか。

地球は有限です。有限の地球から無限に資源やエネルギーを取り出し、無限に二酸化炭素や廃棄物を戻し続けることはできません。

リニアは成長期の子どもが描いた夢のようです。少子高齢化・人口減少、過疎化の進展、エネルギー問題などの課題を抱え、成熟期を生きる私たちが、実現するようなものではないのです。

笛吹市で読んだ「議会たより」には、「富士山世界遺産登録とリニア開通で笛吹市が桃源郷になる」という意味のことが書かれていました。しかし、桃源郷とは本来、主体的に探して見つけたり、到達したりするものではなく、すでに手のなかにあるもの、とされています。

 

 

初出『傘松』2014年4月号「水の惑星に生きる作法」

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